ライフストーリーレシピ 7 三度失われた日常

整理で「希望」をみつけて
選ぶ力を取り戻す!
今から未来をつなぐ
ライフオーガナイザー®の猪俣有希です。

ライフストーリーレシピは私が
ライフオーガナイザーになるまでの
パーソナルストーリーを書いています。
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▶︎ライフストーリーレシピ 7 三度失われた日常

本社に異動が決まり
実家から離れたところで一人暮らしを始めます。

新しい仕事は店のレイアウトから店舗のデザインまで
たくさんのことを経験することができました。

しかしだんだん本社にいるうちに
現場での考え方と本社のやり方の間で
大きな壁があることに気づきます。

そして自分は役に立っているのかな?
と疑問を持つようになります。

そんな疑問を抱えたまま、繁忙期に突入し
ますます自分を見失っていきました。

もともと完璧主義で手を抜けない性格。
わかっているのにできないことが苦しくて
逃げているようで誰にも相談できませんでした。

体力も精神的にも限界に来ていたとき
毎朝会社までの道を泣きながら歩いていました。

でも休むという選択肢は思いつかず
さらに働くことで状況を変えようとして失敗ばかり。

完全に空回りしていました。

そんな時母の様子がおかしいと
祖母から連絡がきます。

悪いものが入っていると言って
手当たり次第ものを捨て出した

本を1日で100冊買ってきた

ご飯を作らなくなった

休みをとって会いに行くと
確かに普通ではない様子でした。

この頃一番下の妹が山梨の高校へ入学
母は妹と山梨で一緒に暮らしていました。

私が仕事が忙しいのを気遣って
母は手伝わなくても大丈夫と言っていたけれど
とっくに限界を超えて無理をしていました。

薬の副作用、免疫力の低下、精神的な病
様々な要因が積み重なって
自分で自分をコントロールできない状態に陥っていました。

そしてこの時母のガンの五年の生存率が
7パーセントだったと知ります。

私は母の言葉に甘えていました。

あの赤ちゃんが亡くなった時
「償う」って決めたのに
また同じ失敗をしたんじゃないか
そのことが頭をよぎりました。

自分ができることはなんだろう?

この時住んでいるところから
山梨まで片道5時間は通えない

今の仕事はまだまだやりたいことがある
貢献できていないのにやめるのは申し訳ない
でも母と妹を放っておくこともできない

どっちもやりたい
迷いました。

「おそらくどちらをとっても後悔する」

だから後悔が少ない方を選びました。

仕事はやり直せる
でも母との時間は取り戻せないかもしれないと
そして四年半務めた会社を辞め
山梨へ移り住みます。

ライフストーリーレシピ⑧に続く

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ライフオーガナイザー®
猪俣有希

投稿者プロフィール

猪俣有希
猪俣有希
88年生まれ。ライフオーガナイザー®/オフィスオーガナイザー® 1LDK、パートナーと二人暮らし。幼少期、片付かない家に育ったことで片付けに目覚める。現在は整理・片付けを通して女性が自分らしく『希望』を持って生きていける社会の実現を目指して思考と空間の整理のサポートを実施中。

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